創薬は高コスト・高リスクな事業であり、先行者優位がますます重視される市場において大きなプレッシャーにさらされている。1950年代以来、新薬開発コストはおよそ9年ごとに倍増し続けており、この現象は「Eroom's Law」(ムーアの法則の逆)と呼ばれる。現在、新薬を市場に投入するまでには平均10〜15年を要し、コストは数十億ドルに上る。しかし、人工知能(AI)の台頭がこの法則を書き換えようとしている。その成功の鍵は、データのクローズドループをいかに構築し「閉合」するかにある。
データの苦境:AI創薬のアキレス腱
創薬におけるAIモデルの潜在力は疑いようがない。分子構造予測やバーチャルスクリーニングから臨床試験デザインまで、AIは膨大なデータを処理し、従来の手法では識別困難なパターンを発掘できる。しかし、ある核心的な問題が依然として未解決のまま残っている——データの品質・量・多様性である。ほとんどのAIモデルは公開データベース(ChEMBL、PDBなど)に依存しているが、これらのデータはアノテーションの不整合、実験条件のばらつき、陽性結果への偏りといった欠陥を抱えることが多い。MIT Technology Review Insightsの分析が指摘するように、「現在のAI創薬における最大のボトルネックはアルゴリズムではなく、検証済みのクローズドループフィードバックを持つ学習データの欠如にある。」
「私たちは最先端のTransformerモデルを持ちながら、1990年代のデータセットを使っている。」——某多国籍製薬企業AI研究開発責任者
「データ・クローズドループ」とは、実験によるデータ生成→AIモデルの学習→モデルによる新規分子の予測→予測結果の実験的検証→検証データのモデルへのフィードバック、という継続的な反復サイクルを指す。従来のプロセスでは実験データは線形に流れており、AIモデルへの体系的なフィードバックはほとんど行われていなかった。AIが主導するモデルでは、あらゆる実験がモデルの進化の糧となるべきである。
クローズドループの構築:「データサイロ」から「連合学習」へ
解決策が姿を現しつつある。まず、製薬企業は「能動学習(Active Learning)」戦略を採用し始めている。AIモデルが実験に最も値する分子を能動的に提案し、ラボがそれに基づき検証を行い、結果が自動的にデータベースに記録されモデルが更新される。この手法により、無駄な試行錯誤を大幅に削減できる。次に、マルチモーダルデータ融合が潮流となっている——ゲノミクス、プロテオミクス、臨床画像、電子健康記録(EHR)などの異種データを統合し、より堅牢な予測モデルを学習させるものだ。しかし、特に複数機関間の協力においては、データプライバシーの問題が随伴する。
連合学習(Federated Learning)はひとつの解決経路を提供する。各機関のローカルモデルが生データを共有することなく勾配パラメータを共有し、グローバルモデルを共同で学習させる手法だ。2025年には、MITと複数の製薬企業が共同で立ち上げた「OpenVaccine」プロジェクトが、連合学習を用いてCOVID-19ワクチン候補の免疫原性予測に成功し、このモデルの実現可能性を実証した。
編集者注:AIは魔法ではない、データ・クローズドループこそが核心
AI医療の歴史を振り返ると、画像診断からゲノム解読に至るまで、アルゴリズムが単独で奇跡を生み出したことはない。創薬においては特にそうである。新薬の成功は標的同定と分子設計だけでなく、動物実験、臨床薬物動態、毒性・安全性などの工程とも密接に結びついている。AIがこれら「下流」工程のフィードバックデータを得られなければ、その予測結果は理論の域を出ない。したがって、将来の競争の焦点は、より大きなモデルを持つ者ではなく、より完全でリアルタイムなデータ・クローズドループシステムを持つ者になるかもしれない。
注目すべきは、規制当局もAIデータのトレーサビリティに関心を向け始めていることだ。FDAが2025年に公表した「AI創薬ガイダンス」草案は、AIモデルの学習データに陰性結果を含めること、および実験的検証の追跡記録を提供することを明確に要求している。これは事実上、業界に対してデータ・クローズドループの強制的な構築を促すものである。
将来を展望すると、AI主導の創薬は「データ駆動型意思決定」の深みへと進んでいく。ラボから臨床、そして市場に至る全チェーンのデータフィードバック機構をいち早く構築できた企業こそが、Eroom's Lawが逆転することによる恩恵を享受するだろう。
本稿はMIT Technology Reviewを編訳したものである。
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