ラスベガスで開催されたGoogle Cloud Next 2026において、MLCommons Medical AI ワーキンググループとGoogle Cloudは、MLCommonsの連合ベンチマーク評価オーケストレーターであるMedPerfがGoogle CloudのConfidential Computing機能に対応したことを発表した。両者は現実の臨床的価値を持つシナリオとして、脳腫瘍の分割(セグメンテーション)を用いたデモンストレーションを実施した。
脳腫瘍、特に膠芽腫(glioblastoma)は希少疾患に分類されるものの、患者の平均余命に深刻な影響を与える。AIは境界定義・分割、腫瘍分類、腫瘍定量分析といった一連の自動化プロセスを通じて、脳腫瘍の診断と予後判定の改善に貢献することが期待されている。
Indiana University School of MedicineのDr. Spyridon Bakasが調整役を務めるFederated Tumor Segmentation(FeTS)コンソーシアム、およびResponse Assessment in Neuro-Oncology(RANO)共同研究グループの支援のもと、MedPerfチームは実世界の脳腫瘍MRIデータ上で臨床的価値を持つAIモデルを評価する手法を実証した。当該モデルはDuke UniversityのDr. Evan Calabreseチームによって設計されたものである。
MedPerfをGoogle CloudのConfidential Computing環境に展開することで、両者はモデルが医療データ上で安全に評価される環境を確保しながら、世界規模での医療AI研究の推進を目指している。Google Cloud Confidential SpaceというTrusted Execution Environment(TEE)を活用することで、医療データ、モデルの重み、ベンチマーク評価プロセスのすべてが実行中を通じて保護される。

課題:重篤疾患と流通困難な医療データ
医療の現場では、AIモデルと患者データの保護が不可欠である。これはプライバシーや倫理の問題にとどまらず、データ主権や規制上の要件にも関わる。一方で、医師・患者・規制当局・支払者がAIを真に信頼し採用するためには、モデルが実世界の患者データ上で厳格に評価される必要がある。
MLCommonsコミュニティがMedPerfを開発したのは、まさにこの矛盾を解決するためである。MedPerfは連合方式による評価を採用しており、この考え方はDr. Bakasチームが医療分野に導入したものだ。データをベンチマーク運営者側に移動させるのではなく、AIモデルを医療機関・病院・データ管理者などのデータ所有者側に移動させる。これにより、データ所有者はデータのプライバシーを保持したまま、集計結果のみをベンチマーク実施者と共有できる。
ただし、連合型評価がすべての信頼上の問題を解決するわけではない。患者データの漏洩リスクは低減されるものの、モデルの盗用、知的財産の保護、ベンチマーク結果の完全性については依然として懸念が残る。追加的な保護措置がなければ、実行中にモデルの重みが流出したり、評価結果が改ざんされたりする可能性があり、それはベンチマーク評価そのものへの信頼を損なうことになる。
解決策:Google Cloud Confidential Space上で動作するMedPerf
MedPerfとGoogle Cloud Confidential Spaceの統合は、この核心的な課題を解決することを目的としている。すなわち、医療データを保護しながら、同時にモデルの重みとベンチマーク評価結果も保護することである。
この統合はMedPerfユーザーに四つの主要な機能をもたらす:
- 医療AI向けグローバルテストデータセット:これまでにない規模でのモデル評価を可能にする。
- 患者データの保護:データはデータ所有者の安全な環境内に留まり、外部への移動を必要としない。
- モデルIPの保護:モデルの重みは暗号化された状態を維持し、未認可の参加者はアクセスできない。
- 生データの共有不要:評価結果は転送前に集計・暗号化される。
デモの流れ:エンドツーエンドの安全なベンチマーク評価
デモでは、まずベンチマーク実施機関がMedPerfサーバー上でベンチマークを公開し、評価目標・データ準備仕様・評価基準を明示した。次に、データ所有者とAIモデル所有者がMedPerfサーバー上で各自の非公開資産のメタデータを登録し、それらを対応するベンチマークに紐付けた。
非公開資産はGoogle CloudのCloud Key Management Service(Cloud KMS)で暗号化され、Google Cloud Storageバケットにアップロードされる。Cloud KMSとバケットへのアクセス権限はGoogle Cloud workload identity poolによって管理され、特定の測定条件を満たすconfidential virtual machineからのリクエストに対してのみアクセスが許可される。たとえば、ベンチマークコンテナのハッシュと入力ハッシュが一致している必要がある。
実際の実行時には、データ所有者がConfidential Space仮想マシン内でベンチマークコンテナを起動する。このコンテナは信頼できる実行環境の構成に関する暗号化証明を取得し、それを用いてモデル所有者とデータ所有者のworkload identity poolからアクセストークンを取得する。取得したトークンでモデルとデータセットを取得・復号し、推論タスクを実行後、データ所有者の公開鍵で結果を暗号化して、暗号化済み結果をデータ所有者のバケットに返送する。

公式デモ動画では、脳腫瘍分割AIモデルがGoogle Cloud上で臨床データセットに対して評価を実行する様子が公開されている。
コミュニティの声:安全性・スケール・実世界での検証
Northwestern UniversityのDr. Yury Velichkoは、Google Cloud上でfederated learningをテストした経験から、医療AIの未来は安全でスケーラブルかつ協調型のクラウド環境にあると述べた。ワークフローを管理された実験室環境から本番に近いインフラへと発展させることで、実際の臨床応用においてfederated learningの性能と安全性を評価できるとした。またFeTSコミュニティ・MLCommons・Google Cloudの連携は、スケーラブルなクラウドソリューションが神経放射線学における高精度診断ツールの開発を加速できることを示していると強調した。
Indiana University School of MedicineのDr. Spyridon Bakasは、Federated Learningが医療多施設共同研究にパラダイムシフトをもたらし、多様な患者集団から前例のない知見を得ることで、より堅牢で汎化性能が高く、真の臨床的インパクトを持つAIモデルの構築を可能にすると強調した。セキュリティとプライバシーはFL関連資産を保護する最重要条件であり、Google Cloud上のMLCommons MedPerfを基盤とした機密コンピューティングインフラは、大規模・実世界・臨床に関連した医療AI研究の完全なモデルケースを示すものであると指摘した。またこのインフラは、たとえばFDA承認後にAIモデルが継続的に性能を維持しているかどうかを追跡するためにも活用できると述べた。
MLCommons MedPerf責任者のAlexandros Karargyrisは、信頼できる医療AIが直面する最大の障壁の一つは、実世界データの必要性とデータ保護の必要性の間の緊張関係であると述べた。MedPerfとGoogle Cloud Confidential Spaceの組み合わせはこの矛盾に対して実用的な解決策を提供するものであり、オープンな協働と本番グレードのセキュリティインフラが結びついたときに解放されるポテンシャルを体現していると語った。
MedPerfコミュニティへの参加
MedPerfはオープンソースプロジェクトであり、医療AIコミュニティが実際のニーズに基づいて共同で開発を進めている。MLCommonsコミュニティの貢献のもと、MedPerfは脳腫瘍を対象とするFeTS challengeおよびFeTS 2.0を含む、影響力の高い複数の臨床AI研究を支援してきた。
プロジェクトチームは、MedPerfにはまだ多くの課題が残されており、以下の役割を持つより多くの参加者を歓迎すると表明している:
- 研究責任者:グローバルな臨床AI研究を主導したい研究者。
- 計算専門家:実世界の医療データを基に革新的なAIを構築したい技術者。
- インフラエンジニア:実世界ベンチマーク評価技術の改善に取り組むエンジニアチーム。
- プライバシー・ガバナンス専門家:医療データのアクセス制御とポリシー設計に助言を提供する専門家。
- 規制専門家:実世界ベンチマーク評価が規制要件とより適切に整合するよう支援する専門家。
謝辞
MedPerfの機密コンピューティング統合には多方面からの貢献があり、Google CloudチームリーダーのNelly Porter、Indiana University School of MedicineのDr. Spyridon Bakas、Northwestern UniversityのDr. Yury Velichkoをはじめとするコミュニティメンバーが名を連ねる。本プロジェクトは医療AIベンチマーク評価の未来における重要な一つの道筋を示している。すなわち、プライバシー・セキュリティ・知的財産を犠牲にすることなく、モデルをより実世界に近い環境で検証できるというものである。
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