米国保健福祉省長官ロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)が、再び衝撃的な発言で注目を集めた。今回は医療分野における「事実」と「専門知識」に矛先を向け、人工知能こそが一般市民をこの「専制支配」から解放するツールになると宣言した。
Ars Technicaの報道によると、ワクチンの安全性や公衆衛生機関に長年疑問を呈してきたこの長官は、AIが医学専門家による健康情報の言論独占を打ち破り、患者がより自由で平等な知識へのアクセスを得られるようになると主張した。ケネディの主張においては、伝統的な医学的権威は一種の抑圧的な構造を形成しており、AIにはその構造に挑む希望が託されている。
AI:解放者か、新たな権威か?
ケネディの見解は孤立したものではない。近年、大規模言語モデルの普及とともに、ChatGPTなどのツールを使って健康上の問題を相談する一般市民が増えている。支持者は、AIが医学情報へのアクセスの敷居を下げ、医学的な知識を持たない人々でも複雑な疾患や治療に関する知識を理解できるようになると主張する。これはケネディが長年唱えてきた「医療の自由」という理念とも一致する。
しかし、AIを医学的事実から脱却する手段として捉えることは、それ自体が危険な論理的飛躍だ。AIモデルは膨大な量の発表済み医学文献、臨床ガイドライン、専門家の総意に基づいて学習されている——つまり、AIはまさに「専門家の知識」を土台として成り立っているのである。この事実的な基盤が取り除かれれば、AIが生成する助言は根拠のないものになってしまう。
AIは決して完璧なリソースではない。しかしその「幻覚」は、ケネディよりも少ないようだ。――Ars Technica記者 Beth Mole
AIの幻覚:技術的欠陥と情報リスク
現行のAIシステムが最も批判されている問題のひとつが「幻覚(hallucination)」——モデルがもっともらしく見えるが完全に誤った情報を自信を持って生成してしまうことだ。医療の場面では、この誤りが深刻な結果をもたらしかねない。誤った薬の用量、存在しない治療法、歪曲された臨床研究の結果などがその例として挙げられ、AIが生成した健康アドバイスを信じたことで治療が遅れた事例もすでに複数報告されている。
それでも、Beth Moleの皮肉は鋭く核心を突いている。AIは確かにミスを犯すが、その誤りはしばしばランダムかつ技術的なものだ。一方、ケネディが広めてきた医学的な誤情報は、特にワクチン、慢性疾患、公衆衛生政策の分野において、系統的に人々を誤解させる可能性がある。このコントラストは、ある居心地の悪い現実を浮かび上がらせる——公衆衛生の責任者が機械よりも事実に対して誠実でないとき、問題はすでに技術的な範疇を超えている。
事実、権威、そして信頼の危機
ケネディの発言は、アメリカにおける公衆衛生の信頼危機という、より深い問題を映し出している。パンデミック後、CDCやFDAといった機関に対する一般市民の信頼度は著しく低下し、陰謀論や代替医療がソーシャルプラットフォーム上で広く拡散している。こうした背景のなかで、AIは知識の格差を埋めるツールにもなりえる一方、偏見を強化するエコーチェンバーに成り下がるリスクもある。それはユーザーがどのように問いを立てるか、そしてモデルがどのように設計されているかによって決まる。
医学的知識が「事実」と「専門家の総意」を重視するのは、何らかの権力構造を維持するためではなく、人体と疾患の複雑さが個人の直感をはるかに超えているからだ。根拠に基づく医学(EBM)のあらゆる進歩は、厳格な臨床試験、査読、長期的な追跡研究の積み重ねの上に成り立っている。この基盤を否定することは、公衆の健康を臆測と運任せにするに等しい。
問題の核心は、権威に疑問を呈すること自体の是非ではなく、疑問を呈した後に何をもってその代替とするかだ。もしその答えが事実そのものの否定であるなら、いかに技術が高度であっても、認識の空白を埋めることはできない。AIは医師の診断を補助し、創薬を加速させ、健康知識の普及に貢献できる。しかし、検証された医学的エビデンスの代替にはなりえないし、反科学的な立場を正当化するために利用されるべきでもない。
ケネディはAIを「医療の専制支配」への反抗の武器として描いているが、このたとえはかえって科学的事実に対する彼の誤解を露わにしている。事実は権力による抑圧ではなく、公衆の健康を守る礎なのだ。真に警戒すべき「専制支配」とは、医学専門家の見解ではなく、自由の衣をまとながら人々を予防可能な疾患のリスクにさらす誤情報ではないだろうか。
本記事はArs Technicaより編訳。
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